メルレポ 2012年7月26日号(通巻第209号)
本日の担当者 木村カナ
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メタ・ノンフィクション・メモランダム
第4回 「木嶋佳苗本を読む」
木村カナ(レポ編集スタッフ)
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「婚活詐欺女」木嶋佳苗被告による首都圏連続不審死事件。
2009年秋の逮捕以降、しばらくの間、大いに話題となったこの事件が、今年1月10日の初公判以降、再び世間の耳目を集めている。
4月13日に下された死刑判決に対して、殺人を全面否認している木嶋被告は即日控訴。また、この日の夕方には、朝日新聞の女性記者宛てに送られていた手記が公表された。
この100日裁判の傍聴記を主軸としたノンフィクションが4冊、短期間に次々と出版されている。
(1)北原みのり『毒婦。』朝日新聞出版 4/30
http://goo.gl/7oTYH
(2)佐野眞一『別海から来た女』講談社 5/25
http://goo.gl/wNbuF
(3)神林広恵・高橋ユキ『木嶋佳苗劇場』宝島社 6/1
http://goo.gl/NbPRH
(4)高橋ユキ『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』徳間書店 5/31
http://goo.gl/4v74t
そのスピードもさることながら、ほぼ同時期に、同じ事件を取り上げた本が4冊も出るなんて、今まで見たことがない。それほどまでにこの事件が注目されているということだろう。さらに、7月の半ばを過ぎても、書店の目立つ場所に4冊セットで置かれ続けている。きっとずっとコンスタントに売れているんだねえ。控訴が棄却されても、新事実がもう出てこないとしても、1審判決以降の後日譚やら、専門家による分析と考察やらで、もっと増えそうな木嶋佳苗本(※1)。本人の手記によれば、木嶋佳苗自身が今後も書きたがっているみたいだったし。
同じ事件を取り扱いながらも、表紙からしてすでに、それぞれに違った印象を与える4冊の木嶋佳苗本を、(1)から(4)の順で通読した。
それにしても、この事件をめぐる文字情報の膨大さときたら!
頻繁に更新されていたブログをはじめ、木嶋佳苗がネット上に残した、たくさんの痕跡。被害男性のひとりもブログをやっていて、遺体で発見される前日にも記事をアップしている。裁判においては、木嶋佳苗と被害者の男性たちがやりとりした大量のメールも提示された。裁判所内での撮影・録音が禁じられているため、法廷での出来事は、傍聴しながらのメモをもとに構成されたレポートを読んでうかがい知るしかない。それに加え、事件発覚直後と第1審前後の過熱したメディア報道があり、そして、1万2千字超という長文の本人手記があり、4冊の書籍があって……。
インターネットを介し、テキストを駆使して行われた、木嶋佳苗による犯罪。報道も裁判も、裁判の傍聴記も、言葉によって彼女の言動を再構成しようとする試みである。彼女の犯罪を再現しようとするおびただしいテキストを読んで、そこからわかることもあれば、テキストからだけでは決してわからないこともある。
たとえば木嶋佳苗の声。「耳に優しい落ち着いたウィスパーボイス」(1)、「鈴を転がすような綺麗な響き」(2)、「うっかり聞き惚れそうになるほど」「高くてかわいらしい声」(4)って、一体、どんな声なんだろう……?
写真ではわからない「奇妙なオーラ」(3)というのも、気になってしょうがない。
「佳苗を不美人だ、と罵る人は多いが、佳苗は不美人というより、怖い顔といったほうが的確な気がする。目力がありすぎるのだ。それなのに、目に光はほとんどない。真っ暗な洞に見える。だから、佳苗と目が合うと、ひるんでしまう。彼女が何を見て、何を考えているのかが、瞳からは全く分からないから。」(1)
「木嶋の恐ろしさは、その目である。目力はあるが他人を映す光はない。いくら覗きこんでも闇の深さしか感じられない。見た者すべてを恐怖で動かなくさせるギリシャ神話のメデューサのような目である。」(2)
(4)にも「強く印象に残ったのは目つきの鋭さ」「なぜか屈辱的な気分になって目をそらしてしまう」とある。
木嶋佳苗の声と目つき、その凄まじいギャップ。実物を確認してみたいような、みたくないような。
佐野眞一は、特定こそしていないが、おそらくは「週刊朝日」掲載時の北原みのりの傍聴記を批判して、(2)の「あとがき」にこう書いている。
「だが、そんな印象批評やフェミニズム的解釈をいくら書き連ねたところで、この事件の本質に迫れるわけでも、事件の全貌がつかめるわけでもない。
そうした頭でこねあげたもっともらしい言説を排して、事実を客観的に伝えることは、どんなに優れた印象記や利いたふうな論評にも勝る。」
しかし、両者が描いているそれぞれの木嶋佳苗像が、著しくかけ離れているかというと、そういうわけでもない。先に引用した木嶋佳苗の目に関する描写以外にも、認識が重なっている記述がしばしばある。
「佳苗」に向かって繰り返し語りかけ、自分がまったくわからない「佳苗」について、彼女の裁判によって浮き彫りにされるジェンダーの非対称性について、考え続ける北原。一方の佐野は「木嶋」が理解不能な「モンスター」であるとはじめから断じている。それは解釈や書き方の違いであって、どちらが正しいか・優れているか・勝っているか、という問題ではないだろう。
それにしても。
「「論」より「証拠」。これが昔も今も変わらぬノンフィクションの要諦である。」
こう断言する佐野が、別海町への取材旅行中に心臓発作を起こした体験を「木嶋佳苗の呪い」としているのは……「事実を客観的に伝える」どころじゃないよ! そのときの夢に出てきたからって「実は私は木嶋佳苗に“殺され”かかったことがある」って言われてもなあ。しかも、大事なところなんだよ、ここ。「木嶋佳苗の呪い」の根拠として、木嶋佳苗の祖父の亡くなる前の重要証言を再録し、「悪魔祓い」というキーワードを導き出して、それをサブタイトルにも採用しているんだから。
「怪物と戦う者は、自分もそのため怪物とならないよう用心するがよい。そして、君が長く深淵を覗き込むならば、深淵もまた君も覗き込む。」(※2)
浦沢直樹『モンスター』の主題にも使われた、ニーチェの有名な警句である。これを意識してみるのも、ノンフィクションの要諦かもしれないですよ、なんて。
4冊のうち、どれか1冊だけ読むとしたら?と聞かれたら、興味があるのなら、1冊だけなんて言わずに、4冊全部、とにかく読んでみるといいよ(読む順番はおまかせ!)、と答える。
同じ裁判を傍聴し、その周辺に取材して書いているのだから、共通している記述はもちろん多い。ところが、採録されている内容が本によって違っていたりもするからだ。
書かれている内容の相違の中でも、3人の男性の殺害に使用したとされる、練炭に関する木嶋佳苗の発言についての微妙な違いが、いちばん印象に残った。
(2)では、「誰が聞いても「ふざけるな」と言ってぶん殴りたくなる答弁」と一蹴され省略されている、練炭を大量に使用してのお料理。それが(4)では詳細に書き記されている。赤飯だのお汁粉だの、豆を長時間煮る料理を中心に、練炭を使って作ったレシピを、木嶋佳苗は自身のブログとクックパッドに投稿していたのだという。法廷で、弁護人と被告人が延々とやりとりした料理名を書きとめながらその場で付け加えたのであろう一言、「……煮込み過ぎ」。
そんなに煮込みまくって、しかもそれ全部食べたの?とわたしも思う。煮込み料理を大量に作りまくって、そのレシピをネットにアップしたのは、殺人をカモフラージュするためだったのか? あるいは、人殺しのついで? 百歩譲って、本人が主張するとおりに無実なんだとしても、マンションのベランダで、日々、練炭で豆をことこと煮続ける、35歳独身無職の女。それだけでもうなんとも異様な光景ではないか。
さらに、(4)では見当たらないが、(1)によれば、検事に、なぜそんなに練炭を使うのか? 練炭を使うと味が変わる?と聞かれた木嶋佳苗は、「はい。楽しかったです」と明るく、軽やかに答えたという。言い訳としては不自然すぎて、それこそその場でぶん殴りたくなるような発言だったのかもしれないが、そういう異様さこそが、この事件のまさにハイライトであるように思えたりもするのだ。
「一番真実を知っているのは亡くなった3人の方かあなたです。きちんと話してもらえませんか?」
「話しています」
(4)に採録されている検察官と木嶋佳苗の応酬である。
真実をめぐって、食い違い、噛み合わない証言、というと、わたしなんかはつい、芥川龍之介の「藪の中」(※3)を思い出してしまう。この短篇の中だと、死霊も巫女の口寄せで証言していたりするけど、どの証言が真実を語っているのか、誰が真犯人なのか、結局のところ、はっきりしないままだ。
そんな「藪の中」を、同じく王朝物である「羅生門」(※4)と「偸盗」(※5)と混ぜ合わせて、リミックスしたのが、黒澤明監督の映画「羅生門」である。
兄弟の絆を描き、活劇もあったりする「偸盗」は、芥川の小説の中でも特に好きな作品なのだか、そこにこれぞ毒婦という感じの沙金という女が登場する。美しく悪賢い沙金とは対照的なキャラクターとして、太っていて醜く、愚かで善良な阿濃という女も描かれている。外見は阿濃なのに、中身は沙金だったのが、木嶋佳苗なのかも。ステレオタイプに当てはまらないこと。見慣れた、お馴染みの解釈枠を裏切り、破壊すること。北原が「男たちが女に求めた幻想そのものを、佳苗は殺した」と言っているのは、たぶん、そういうことなんじゃないか。
わたしがこの事件に興味を持ったきっかけとして、木嶋佳苗が自分と同じ1974年生まれで、同じように1993年、高校卒業と同時に、地方から上京してきていることがあった。しかし、同じ東京で同じ時期に暮らしながらも、見てきた景色はまるで違う、違いすぎる。そのあたりの感覚は、やはり同じ年の高橋ユキにいちばん近い。自分の平常の感覚からはかけ離れた、理解不能の異様さがあるから、この事件への興味が尽きないのだと思う。
なんで?どうして?と疑問に思うことがいくらでもある。それらが当事者によって語られない以上、想像もつかないけど、想像するしかない。テキストをどんなに読んでも、納得のいく真実には辿り着けそうにない。そもそも、真実と呼べるものがあるのかどうかすらも、わからなくなってきました。
4冊読んでも、いや、たぶんこのままずっと、「藪の中」なんじゃないか、そんな気がする。お決まりの「心の闇」なんて言わない、「闇」なんてない、ただ、世の中のそこここに、わたしの知らない・わたしにはわからない「藪」があるだけなんだ、と思う。
(※1)7月9日夜、新宿ロフトプラスワンにおいて、上記の著者4人も登壇した「木嶋佳苗サミット」と題するトークイベントが開催された。Ustream配信を途中から見たが、4人とも、限られた出演時間内ではまだまだ語り足りない、といった様子であった。
(※2)ニーチェ『善悪の彼岸』木場深定訳、岩波文庫。
(※3)http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card24454.html
(※4)http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card128.html
(※5)http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card31.html
高橋ユキさんご出演の「レポTV」は2012年6月12日の第66回。
http://www.ustream.tv/recorded/23262148
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